八月の憂い

 

 梅雨明けをしたと思えば、いきなり真夏ですね。暑いです。年々、暑さが増しているような気がするのは私だけ?とご主人様。八月は日本にとって、誠に考えさせられる月です。広島、長崎への原爆投下から75年。あの戦況の中、終戦を迎えたのは六日後と思うと、何のための犠牲なのだろうと目を伏せたくなります。

 長崎への原爆も、本来ならば小倉の予定だったそうな・・・

 いとも簡単に何の根拠もないままのあの行為には、今もなお許せない気持ちになります。

 戦争が終わり、平和へと進んでいたはずなのに、昨今はそうでもないような気がしてなりません。

 家には、とある婦人雑誌のカレンダーが飾ってあるのですが、ご丁寧にオリンピックの日程が細かく記載されているのです。それによると、今日はオリンピックの閉会式なんですね。

 そうだったのか。本来ならば・・・と言ってしまいそうになりますが、コロナ禍も含め、これからは予定通りに進むということが難しい時代になるのだと予測しています。当たり前と思っていたことが当たり前ではないのです。そうした中で、些細なことが今までのように行えたら、その喜びは今まで以上に大きなものになるのでしょう。些細なことが実は大きな恵みだったことに、最近、気づきました。

 友人が送ってくれた花火のYouTubeで少しばかり癒されました。嬉しいですね。

 今年の夏はいつも通りにはなりませんが、それでも、今出来ることを探してゆこうと思います。とご主人様はすこし憂いながら仰っておりました。

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