神様からの贈り物 その2

二日目は、まずは安芸の宮島日本三景である厳島神社に行きました。海に浮かぶ美しい神社である。御祭神は、天照大神(あまてらすのおおかみ)の宗像三女神である市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)田心姫命(たごりひめのみこと)湍津姫命(たぎつひめのみこと)。凄い方が神様なのね〜名前を読むだけで頭がクラクラしちゃいます。
島全体が神の島と言われ、陸地に建てるのは畏れ多いと言う事で、海中に建てられたそうです。所謂、海や交通の神様であり、神様にとっての神社でもあるのです。後に平家の氏神として尊崇され、権力と共に社殿も現在のように造営したそうです。回廊や美術品、建物構造等の数々が、国宝、あるいは重要文化財と定められています。床には一本のくぎも打っておらず、板と板の間には隙間を考慮し、波の抵抗を抑える仕組みになっているとか・・・昔からいろんな技術があり、素晴らしい神社ですね。見ているだけでウットリしてしまう景観。鳥居を海の砂に差し込んだだけというが、実際、それだけでは波に飲まれてしまう。コンクリートも何もない時代である。何が支えたか?というと、それは「人柱」。自ら命を捨て柱となり、今に続いているのである。この鳥居の美しさは神に身を捧げた方々の思いが染み込んでいる。と思い、静かに手を合わせるご主人様とライアン。
この日は満潮が9時6分ということで、偶然、その時間に参拝できました。たっぷりの海水に漂いながら、気持ちもユラユラと高貴な気分で鑑賞いたしました。
宮島口よりフェリーに乗り、宮島へ。フェリーはこんな感じでした。
神社はこんなに美しかったです。

神社の参道にはこんなかわいい動物が沢山いました。
そして、あの有名なもみじ饅頭はここ、宮島が発祥地だそうですよ。

宮島を後にし、バスは島根県に入り、「出雲神社」へ。あの注連縄がカッコよく、そして、みんなが大好きな「縁結び」の神様。
素晴らしい神社でした。楽しみにしていたし、来た甲斐がありました。
御祭神は大国主大神オオクニヌシノオオカミ)。ここでも難しい呼び方の神様なのね。ここでいう縁結びは何も恋愛だけでなく、今までのいろんな人との関わりや、これからの御縁を祈念するものだという。なので、ご主人様も、今まで、親切にしてくださった方にお礼と、これから出会う方々との御縁。そして、ライアンとさらなる御縁を祈念しました。一応、縁結びのお守りを買いましたが、何故か、人から頂くとそのパワーが増すと聞き、ライアンと交換しちゃいました。ちゃっかりしてますね。
出雲神社は一の門、二の門、三の門、四の門をくぐり抜け、本堂に向かうのだ。実際にその順番で行うと、かなりの時間が掛るので、今回は四の門から入り、参拝しました。
だけど、本当は一の門から始めたかったな。やはり、厳島神社出雲大社もわずかな時間ではもったいない。せめて、一日じっくりと戯れたいと思いました。今度、絶対、また来よう!

さて、バスの添乗員さんが、この出雲の方で、島根県の人は、皆、神様を信じていているというか神様を感じていると言う。10月2日に伊勢神宮の「遷御の儀」が行われた際、TVでもニュースになり、ある方が、「神様がお通りになったとき、風が止まり、空気が変わった」と言っていたのだが、その気持ちがよくわかる。同じ気持ちを感じたことがある。と添乗員さんは言っておりました。確かに、ご主人様も四国の金毘羅さんに行ったとき、夜の散歩の際、何となく、神様はいるのだな〜と感じたことがある。何回もこの鳥居をくぐり、それが生活の一部としたら、神に守られ、感謝をする気持ちになるのは当たり前なのだ。
この神のオオクニヌシノオオカミは古事記に出てくる方である。
古事記は神話であるが、ひょっとして歴史の1ページ?あるいはまったくの偽物?といろんな意見を言う方がいる。だけど、そこで、今までにない空気を感じたなら、それはやはり本当の事だと思うのだ。
その日は鳥取に入り、大山(たいせん)という山の中腹にあるホテルに泊まりました。この地域は雲が多く、部屋によってはまるで、雲の上にいるかの様な錯覚をしてしまう。ご主人様の部屋からも沢山の雲が見えました。じっと見ていると、雲の隙間から、雲を剣で割り、階段を作り静かに神様が降りてくるような…そんな気配も感じ取れて、それはとても楽しい空想でしたよ。
宗教とは無縁だけど、信仰というのは大切なものだと思う。神様や仏様は目には見えないけれど、そういうものほど大切なものがある。
例えば「愛」だってそうでしょ!